大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1899号 判決

被告人 崔沫鎔

〔抄 録〕

本件控訴の趣意は弁護人U作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これをここに引用する。

原判決は罪となるべき事実として、被告人が原判示日時場所、機会において他人の「携帶せるハンドバツク内より金員をすり取り窃取しようとしたが巡査に発見せられてその目的を遂げなかつたものである」と摘示していることは所論のとおりであつて、その判示事実のみを以てすると、被告人の如何なる所為を以て窃盗罪の着手ありと認定したのかたやすく理解し難いものがあり、その判示にはいささか杜撰な嫌がないではないが、原判決の挙示する証拠特に被告人の原審公判廷における供述、即ち原審第一囘公判期日おいて、国電内にのつてすりをしようと思い、原判示日時、場所において被害者の携帶したハンドバツグの口金を開けようとして、手をハンドバツグに触れ口金附近を探つた趣旨の供述とこれを裏書補強するに足りる現行犯人逮捕手続書(同手続書に証拠能力の欠缺或は信憑力の欠如その他同書面を証拠となし得ないような欠格事由ありとは記録上認められない。)の記載に徴し、原判決は、被告人の認めて争わない前記所為を以て窃盗の所為の着手と認定したものと解し得られる。しかして窃盗罪は物に対する事実上の支配を侵すにつき密接な行為があつた時をもつてこれが着手あるものと解すべく、このことは、最高裁判所も、被害者のズボンの右ポケットから現金をすり取ろうとして同ポケットに手をさしのべその外側に触れた以上窃取の実行に着手したものと解すべきこというまでもないとしている(同裁判所昭和二十九年五月六日第一小法廷決定判例集八巻五号六三四頁参照)ことに徴し、明らかである。従つて、敢て所論の如く、ハンドバツグの口金を開けなければ窃盗罪の着手はないと解すべき筋合ではない。その他一件記録に徴するも、原判示事実は優にこれを肯認し得られて毫も所論のような論理経験の法則に反するところはないと共に事実誤認ないしは理由不備の違法もないと言わねばならない。論旨は理由がない。

(三宅 河原 遠藤)

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